ヤスパースの哲学思想 実存の歴史性と交わり一 .pdf

ヤスパースの哲学思想 一実存の歴史性と交わり一 伊 藤 明 房 愛知教育大学昭和５０年卒 はじめに 哲学することによって私は、私がこれらの関係（1）を通じて時間のなかで永遠性を経 験しうるその仕方を開明し、想起し、準備する。この経験それ自身は強制もされず、 証明もされない。それは私の実存の充実した歴史性なのである。（61頁） 上記は、「私の哲学について」（Uber meine Philosophic) (2)におけるヤスパースの見解 である。「私の哲学について」は、ヤスパース自身による哲学思想の解説であり、基本的 見解が略述されているものである。本稿では、ヤスパースの思想を概観し、ここに表され ている永遠性の経験としての実存の「歴史性」と「交わり」について考察する。 １　哲学の根本問題 ヤスパースは、カントの根本問題(3)をとりあげることによって、科学?交わり?真理?人 間?超越者に関する五つの問題を提示する。 (1) 科学と哲学について(43 － 46頁) ヤスパースにとって科学は、普遍妥当的なものであり、批判と明晰な方法的意識をもって 知識を獲得することである。知識をもろもろの観点と方法で相対的なものとして、いかな る問題をいかなる根拠によって知るのかという特殊的な事実認識であるとする。しかし、 世界は、科学とその技術的成果によって制約されている。それにより人間の内的態度も規 定されていることから、人生の目標や生きていくための信念、さまざまな理念、諸科学の 知の関連、本質的なものの選択など、科学を通して意識しなければならない。独断的な世 界像による拘束から脱するよう、知的良心をもった研究者の態度(4)を保持し、全体的で現実 的な世界に到達するのである。科学は、全体的な存在認識ではないのであって、あるもの を独断的に結論として固定してはならないのである。そして、哲学する思惟は、科学の途 上で初めて明瞭になる科学以上のものに対して、開かれた態度をとらなければならない。 ヤスパースにとって哲学は、諸科学を道具として利用し内的行為によって存在そのもの を覚知する思惟(5)である。 (2) 交わりについて(49 頁) ヤスパースの哲学する思惟は、交わりはいかにして可能か、どんな交わりの仕方が実現 されうるか、それらは相互にどういう関連を有するか、孤独でいることのできる力はいか なる意味で交わりの源泉であるのかという問題であり、『哲学』第二巻、? 実存開明? に おいて示される。また、『哲学的論理学』において原則的な形式を示すとしている。 『哲学』においては、超越するはたらきの三つの方法による組織がなされた。その内実 １ は、超越することにより何が生起するか 。ということである。実存開明 (Existenzerhellung) では、私自身が本来的に何でありうるか、とい うことを超越しながら意識する。 (3)真理について ?科学の限界において感得される真理、交わりの運動において感得される真理? このような真理の源泉を私たちは、対象的なものや規定されたものや個別的なもの 一存在者はかかるものとして私たちに対立しているがーから区別して、包括者(7) das Umgreifende と呼ぶ。 （51頁） 包括者とは、対象および地平線〔空間的世界のなかで常に新たに繰り返し立ち現れるも の一引用者〕のなかで出現するあらゆる現象の開示とともに、かえってそれ自身としては 私たちから退いていく存在、むしろそれからあらゆる他のものが現れ出るところのもの、 と言い表される。包括者とは、真理現象の場である。 包括者の思想をヤスパースは、哲学の根本思想と呼ぶ。しかし、包括者の思想は最初の 出発点にすぎず、まだ純粋に形式的な思想であり、包括者を開明していくといろいろな包 括者の様態が現れ、真理は包括者の諸様態から明らかになるという。包括的真理は、科学 の真理を一要素とするが、私たちがそれである包括者（現存在?意識一般?精神?実存）、 特に実存のうちにその根拠を有しているとされる。（53 － 54頁） （4）人間について 人間は常に、彼が自分自身について知っておりまた知りうるものより以上のものである。 認識可能なものとしては人間は多様な経験的な姿で現象する。人間とは私たちがそれで あるところの包括者である。（56頁） 経験的な現実態における人間は、一定の研究方法に対して現れるもので、人間それ自身 ではない。哲学的に自分自身としての人間存在を確認していく時、人間存在は時間のなか において全体的に覚知される。しかし、人間は包括者の諸様態に分裂し、現存在としては 世界のなかで生きており、意識一般としては思惟しつついろいろな対象に向いており、精 神としては現存在のうちで