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重田園江『連帯の哲学Ⅰ―フランス連帯主義―』
村 松 灯?土 屋 創
本書は、連帯というこの古いことばに新しい
息吹を与え、再生させる試みである。(ⅷ頁)
本書 は、政治哲学者重田園江氏の二冊目の単著
である。著者は、これまで連帯という語が、「連帯保
証」や「連帯債務」といった民法上の契約や、社会
保障の充実を模索する文脈、あるいはまた、国際社
会╱国内における貧困や格差といった政治的?社会
的な諸問題に関わる文脈においてなど、さまざまな
場面で多様な意味を担わされ語られてきたこと、そ
して現在ではこの語からイメージされるものが「必
ずしもよいものとは言えない」(ⅷ頁)ことにふれつ
つ、本書のねらいを冒頭のように述べる。しかし、
なぜ今あらためて「連帯」なのか。「はじめに」と「序
章」を参照しながら、まず本書に通底する問題関心
を確認しておきたい。
著者によれば、戦後日本の政策は、経済成長と生
活水準の向上を最優先にした「福祉国家」型の社会
デザインに沿っていた。しかし、「福祉国家」型社会
の維持は成長の持続にかかっており、もはや経済成
長を見込めなくなった1980年代にはこの社会デザイ
ンは完全に行き詰まりを見せる。そこで出てきたの
が民営化、市場化、競争原理によって再び経済活動
を活発化させようとする新自由主義的な考え方で
あった。ところが、昨今では、この方向を推し進め
れば社会の不平等と格差が拡大する、という反発が
決定的なものとなっている。では、従来の福祉国家
とも(再びこの社会デザインを描くことはもはや財
政上不可能である)、新自由主義とも異なる、新たな
方向性をどこに見出せばよいのか。著者はここで、
「連帯」という語に着目するのである。「というのも、
このことばの歴史をたどってゆくと、戦後の福祉国
家も新自由主義も出てくる以前、今から百年以上も
前に、現在と類似した諸問題に答えるために新しい
社会をデザインしようとした人たちがこのことばを
頼りに苦闘した経緯が明らかになってくるからだ」
(xvi頁)。
本書で検討の対象となっているのは、社会連帯主
義者と呼ばれる、フランスの思想家や実践家たちで
ある。フランスに社会連帯主義が出現したのは、19
世紀末から20世紀初頭にかけてのことであった。著
者によれば、当時の社会問題――貧富の差の拡大や
労使対立の先鋭化、劣悪な生活環境、台頭するナショ
ナリズムや人種主義など――に正面から取り組みこ
れに立ち向かおうとした人々が、新たな社会のビ
ジョンを語る際にもちいたのが「連帯」の語だった
のである。ではなぜ、彼らは「連帯」の語を選んだ
のだろうか。著者は以下のようにいう。
当時連帯の語が社会問題を考える際の焦点と
なり得たのは、一つにはそれが「自由?平等」
という近代を代表する理念、理想とは異なる、
「友愛」というもう一つのキーワードの系譜に立
つことばだったからである。自由は個人につい
て語られ、平等は人と人、状態と状態との比較
において語られる。だが友愛は、二人以上の人々
のつながり、絆についての言語なのである。
(xvii頁)
彼らが「連帯」ということばで問おうとしたのは、
まさに人と人とのつながりのあり方であった。彼ら
は「異なる者どうしのつながり」というビジョンを
「友愛」の原理から引き継ぎつつも、さらに進んで、
「友愛」がもつ集団内部の非対称性や閉鎖性、外部の
排除という側面を乗り越え、「正しいつながりのあり
方」を実現すべくその思想を鍛え上げていった。
彼らの思想のなかに、「私たち自身が置かれた現状
に応えるための新しい社会構想を、理念的、哲学的
に活気づけてくれるアイデアや斬新なものの見方」
(xix頁)をいかに見出すか。こうした問題関心に貫
かれて、本書では「連帯」の思想史が丁寧に読み解
かれていく。
それぞれの思想家、実践家がどのように「連帯」
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東京大学大学院教育学研究科 基礎教育学研究室 研究室紀要 第37号 2011年6月
の哲学を展開したか、各章の概要についてはのちに
詳述するとして、ここでは、本書を読むにあたって
重要な視座を与えてくれると思われるポイントを三
点挙げ、本書の特色と位置づけを明確にしたい 。
第一に、本書で目指されているのは、普遍的な「連
帯」の原理を模索したり、「連帯」を規範として正当
化したりすることではないということである。そう
ではなく、それぞれの時代や社会状況に根ざしなが
ら、よりよき社会の構想を「連帯」という理念に求
めた人びとの思想や実践の試みを哲学的にとらえ直
すことによって、今とは異なる新しい社会像や人と
人とのつながりの可能性を提示することにこそ、本
書の意義がある。本書で取り上げられている社会連
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