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《ソクラテス以前》ということ(内山勝利)
? Heidegger-Forum vol.7 2013
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《ソクラテス以前》ということ
―初期ギリシア哲学の思考様式―
内山 勝利(京都大学)
1.
今日のわれわれの通念的ギリシア哲学史理解は、次のように概略化されよう。
初期自然学/ソフィスト思想→アテナイ哲学の大成(ソクラテス、プラトン、アリストテレス)
→ヘレニズム期の学派哲学への拡散
これは、古典期ギリシア哲学の大成者を自認したアリストテレスが『形而上学』第1巻(A
巻)でまとめ上げた記述をもっぱら踏襲して、それに必要な継ぎ足しを行ったものだと言
っていい。ただしこの図式の固定化は、アリストテレスによるというよりも(彼には彼自
身の哲学的構想があり、『形而上学』の観点は、それに即して導出されたものであり、必ず
しも「客観的」な俯瞰が意図されてはいない)、それをそのまま転用、あるいはむしろ「選
択」した近代西欧の哲学世界(19 世紀半ばにその基調を確定した E. ツェラー『ギリシア
人の哲学』に見られるように)の側にその責任はある。古代哲学の内部においては、けっ
してアリストテレス的な図式が共有されていなかったことは、後のローマ時代になってか
ら(後 2 世紀末ないし 3 世紀初)書かれたディオゲネス?ラエルティオス『ギリシア哲学
者列伝』の構成や記述からも読み取ることができるし、ヘレニズム期哲学の実相解明が進
展するにつれて、われわれ自身においてもギリシア哲学像の変容が促されようとしている。
特に注意されるべきは、プラトン、アリストテレスによって「大成」されたものの相対化
と、初期哲学(Vorsokratik)的要素の後世への根強い浸透?存続という局面であろう。古
代哲学を 1,100 年間(前 6 世紀‐後 6 世紀初)のスパンで見るならば、前 4 世紀に成立し
たプラトン?アリストテレス哲学は、けっしてただちに主流をなしたわけではなく、その
後一旦ヘレニズム期の学派哲学の中に埋没し、紀元後にようやく「復興」されつつ、その
限られた一面が新プラトン主義に糾合されていくというのが古代における実相であった。
プラトン?アリストテレスに焦点を当てたギリシア哲学理解とその解釈は、むしろ近現代
の「発見」(明らかに、きわめてすぐれた一つのギリシア哲学理解の発見)であると言うべ
きであろう。
《ソクラテス以前》ということ(内山勝利)
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2.
それに対して、初期哲学は、一面においてアテナイ哲学に批判的に吸収されたのちも、
それを越えてヘレニズム期諸学派に直接継承されるとともに、独自の哲学スタイルとして
の伝統を長く維持していく。ディールス&クランツによる画期的な断片集成の実質的最終
版(第 5 版 1934-38)の序文(Kranz による)において、Vorsokratik とは「ソクラテス(な
いしプラトン)の考え方をとる学派、したがって〈ソクラテス以前〉でもなければ〈非ソ
クラテス的〉でもない古代哲学を経由していない哲学のことである」と周到に注意されて
いるように(S. VIII)、けっして単なる時代区分の表示ではない。事実、本書に収められた
思想家の多数がソクラテスと同時代ないし彼以降に活動している。たとえばピュタゴラス
派の学的活動は、実際にはむしろ前 4 世紀以降に展開されたものが大半であるし、本書が
その全体の 2 割以上を当てて、無数の古代著作の中から、わずかな手がかりを博捜して明
らかにしているように、古代アトミズムの直接的伝統は短く見ても紀元前後にまで及んで
いる。(むろん、彼らの思想はストア派やエピクロス派などヘレニズム期諸哲学派にも流入
して、それらの根幹を担ってもいて、エピクロスの書簡などに窺われる思考と变述のスタ
イルは、きわめて初期哲学的だと言っていい。)主としてエジプトから発掘されるヘレニズ
ム期以降のパピルス断片文書群にもその余波は容易に見てとられる。顕著な一例としてエ
ンペドクレスが書写されたストラスブール?パピルス(後 1 世紀後半、20 世紀末に解読)
などを見ても、その時代になおソクラテス以前の哲学それ自体が「生きた思想」として相
応に広く流布していたことが十分推測できよう。そのようにして彼らの全体像を見直すと
き、ある意味では、初期哲学こそがギリシア哲学総体を通じてその基調をなしていたもの
と考えるべきであろう。
3.
しかしその直接的伝統は、古代世界が終焉に
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